モラハラ

喧嘩にすらならなかった、一方通行の訴え|モラハラに気づくまで Vol.9

復職しても育児は全て私の仕事だった。保育園の送り迎けから寝かしつけまで。夜泣きで睡眠不足でも『母親なら当たり前』という風潮の中で。元夫は帰宅して食べて寝るだけ。『イクメン』という言葉が作られた理由が、その時代の理不尽さを物語っている。
モラハラ

復職してからも、育児の負担は変わらなかった|モラハラに気づくまで Vol.8

「復職しても育児は全て私の仕事だった。保育園の送り迎けから寝かしつけまで。夜泣きで睡眠不足でも『母親なら当たり前』という風潮の中で。元夫は帰宅して食べて寝るだけ。『イクメン』という言葉が作られた理由が、その時代の理不尽さを物語っている。
モラハラ

あの頃の「折半」は、公平ではなかった|モラハラに気づくまで Vol.7

完全に折半だった。でも食べる量は全く違う。作る食事も作るのは私。入籍前から、私が負担する側という関係が出来上がっていた。その不公平さを伝えても『細かいことをぐちぐち言うな』と取り合ってもらえなかった。それは気づけなかったモラハラの芽だった。
モラハラ

婚姻生活の始まりは、小さな違和感の始まりだった|モラハラに気づくまで Vol.5

「新婚旅行先も元夫に決められた。マンション購入も私の意見は聞かれなかった。引っ越し後、新居には私の荷物を入れるスペースすらなかった。別々の出来事に見えたが、すべて同じパターンだった。モラハラの芽はここから始まっていた。
モラハラ

モラハラの芽はどこにあったのだろう|モラハラに気づくまで Vol.6

新婚旅行、マンション購入、引っ越し。別々の出来事に見えたが、すべてに共通していたのは『話し合いがない』『意見が必要とされない』『判断は元夫が決める』という関係性。23歳と29歳の年齢差。『良妻賢母』という時代背景。モラハラの芽は、ここから始まっていた。
モラハラ

新婚旅行の行き先すら私は意見できないのか?|モラハラに気づくまで Vol.4

結婚前の新婚旅行の行き先すら、話し合うことなく元夫が決めた。私の意見は聞かれることもなかった。日常のことも『なんでもいい』と興味を示さない。その繰り返しの中で、夫婦の距離は少しずつ開いていった。モラハラの始まりはここにあった。
モラハラ

モラハラだと気づいたのに、また自分を疑った|モラハラに気づくまで Vol.3

テレビでモラハラだと確信した。でも調停では『モラハラは離婚理由にならない』と言われた。女性弁護士は認めてくれたのに、男性たちは全員否定した。やっと見つけた答えなのに、また自分を疑うようになった。
モラハラ

家庭内別居10年、あの頃の私に伝えたいこと|モラハラに気づくまで Vol.2

テレビでモラハラだと確信した。それなのに調停では『モラハラは離婚理由にならない』と言われた。女性弁護士は認めてくれたのに、男性たちは全員否定した。やっと見つけた答えなのに、また自分を疑うようになった。
モラハラ

話が通じない理由がずっと分からなかった|モラハラに気づくまで Vol.1

何を言っても話が通じない。オウム返しで返ってくるだけ。言葉は伝わるが、思いは伝わらない。その違和感の正体が、ずっと分からなかった。モラハラという言葉に出会うまで。
夫婦の違和感

離婚を決意するまでに、いくつかの決定的な出来事があった|夫婦の違和感 Vol.6

土地を勝手に購入されて通勤時間が1時間以上長くなった。『誰が働けと言った?』と言われ、通帳を投げ返した。息子の不登校の責任は全て母親だと言い切られた。こうした決定的な出来事の積み重ねが、やがて私を離婚へ向かわせた。
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